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1年前の今頃の日記 その4 チベットの村

朝起きて、中国人向けのツアーのオフィスに行った。ここまで来たからにはチベット族の村に行きたいと思ったが、自力で辿り着くのは難しいようだったからだ。オフィスで身振り手振りで手続きをしてからしばらくすると1台のバンがやってきて、10人ほどの乗客とともにそれに乗り込んだ。1時間半ほどバンに乗ったあと、今度はバスに乗り換えさせられ、さらに峠道を登っていった。ツアーだったので道中ではガイドの女性が何やら説明してくれていたようだったが、話の中身については私の知るところではない。

山道を登りきったところで、一行はバスを降ろされた。どうやらチベットの村に着いたようだ。丘の上にチベットの仏塔が建っており、その周囲に色とりどりのタルチョが張り巡らされていた。丘の後方には土でできた住居が点在していた。今でも人が住んでいる村のはずだったが、なぜか住人の姿は見かけなかった。

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30分ほど村を散策したあと、バスは山道を下り、今度は谷まで降りた。ここでは峡谷の岩肌に遊歩道が取り付けられていて、3km弱ほど自由に歩くことができた。川面から渓谷のてっぺんまではどれほどの高さがあるのだろう、少なくともこの壁は私がこれまでの人生で見たどんな壁よりも倍以上は高いと思われる崖だった。このような崖を2箇所ほど巡った。一緒にツアーに参加した女性にシャッターを押して欲しいと頼まれたので何度かシャッターを切った。話しかけられても何を言っているのかわからなかったが、「我是日本人」とだけ言ったら理解してくれて、私の写真も何枚か撮ってくれた。そのあと、またバスからバンを乗り継いでまちへと戻った。

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夕方まちへ戻ったが、この日はまだ何も食べていなかったのでお腹が空いて仕方がなかった。近くにある韓国料理の店が「YAK BAR」という名前だったのでヤク(インドやチベットにいる牛)が食べられるのかと期待していたが、メニューにはなかった。仕方がないので韓国料理を食べながらビールを飲むと、高地から戻ってきただけあって頭痛がした。宿に戻ると、昨日夕食を共にした中国人学生たちはもういなくなっていた。