春の洞窟

週末は好きなバンドのライブに行った。彼らはMCの最中に、このツアーのモチーフは春の洞窟で、皆はたくさんの花が咲いている洞窟の中へと迷い込み、そこでいい感じの音楽が流れてくるのを聴くことになるんだと言っていた。私は暗いライブハウスの中、ひとりでジーマを飲みながら音の波に身を委ねた。

彼らは曲の合間、我々に向かってひとつずつしっかりと言葉を選びながら、自分たちが作る音楽に込めた想いを語る。1年前に初めて観た時、彼らの発する言葉はもっと軽かったのだが、そのせいか思わぬところで誤解されることもあり、去年はそれで相当苦労したようだ。それとは反対に、演奏の方は以前よりも固さが取れたようで、だいぶ余裕が出てきたように感じられた。私も生まれ変わったらシティポップを作りたくなった。

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その前の週末には桜を見に車を走らせた。わざわざ桜を見に行くなんて俗っぽいなとも思うのだが、今住んでいる場所が終の住処ではないだろうし、もしかしたら来年はここで桜が咲くのを見ることはないかもしれない。季節に応じて場所を消費するためには、与えられたチャンスはそう多くない。そういうわけで、県内の桜の名所と呼ばれる場所を1日で6ヶ所ほど廻って写真を撮り、流石にもう十分だと思ったところで帰ってきた。1年の長さに対して桜の季節はあまりに短い。

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 この2度の週末の間に年度が変わり、労働者になって3年目の年を迎えた。仕事が好きとか嫌いとか、大変だとか楽だとかそういうこととは関係なく、労働に時間の大半を捧げること自体に対してどうしても割り切れないものがある。それは仕事を仕事と思いすぎだからだよなんてことを言われたこともあるが、未だに仕事は仕事であってそれが人生ではないだろうと思ってしまう。だとしたら人生の中で何をすれば満足なのかと問われると、それはそれで答えが出ない。これに答えるにはもう少し時間が必要だろうと思う。

労働者としての生活は狭くて暗くて一寸先も見えない洞窟の中を彷徨うような感覚だと思うことがある。だが、その洞窟の中から抜け出せなくても、例えば軽妙な音楽が流れてきたり、桜の花が咲いていたりということもあるから、今のところはどうにかそれで生きていけている。欲を言えばそこに灯火のひとつでもあるとさらによいのだが。