受験勉強の思い出

 私は夜型の人間で、勉強や課題をするには夜にならないとどうにもエンジンがかからない。10年近く前の大学受験のときも、流石に学期中はそう夜更かし続きというわけにもいかなかったが、夏休みともなると、毎晩家族が床に就くのを待ってからようやく参考書を開くという有様だった。

 そういう場合、冷蔵庫が唸る音だけが響くひとりきりのリビングで勉強が捗るはずもなく、気がつくと決まって深夜のテレビ番組を流していた。そんな受験生の7月、0時過ぎから流すのにちょうどよかったのが、ツール・ド・フランスだった。

 自転車のロードレースであるツール・ド・フランスは、フランス国内を中心に3週間ほどかけて3,300kmほどの距離を走る過酷なレースだ。8人一組で20チームほどが参加し、毎日ひとつずつのコースを戦う。最も速いタイムで全コースを走破した者にマイヨ・ジョーヌと呼ばれる黄色のジャージ、各ステージのゴール(およびスプリントポイント)をいちばんに通過した回数が最も多い者にマイヨ・ヴェールと呼ばれる緑のジャージ、高低差の激しい山で最も優秀な成績を残した者にマイヨ・グランベールと呼ばれる白地に赤い水玉のジャージ、それから若手で最も優秀な成績の者にはマイヨ・ブランと呼ばれる白地のジャージが与えられる。

 ツール・ド・フランスの魅力はレースそのものもさることながら、画面に映し出されるフランスの風光明媚な風景だ。レースの序盤~中盤にかけては競り合いも(傍から見れば)そこまで激しくなく、木々や町並みがゆるやかに流れていく。ところどころに現れるのがシャトーで、シャトーが映し出されるたびむかし田舎の貴族が住んでいたであろう屋敷の出で立ちに目を奪われる。選手が飲んで捨てた水のボトルは拾った観客がもらえることになっているので、いつの日かフランスの田舎道の沿道に立ってボトルをゲットしてみたいななどと思う。

 もちろんレースそのものからも目が離せない。終盤になると急にレースが動き出すようになり、マイヨ・ヴェールを狙う者たちが前線に飛び出してきて激しい攻防を繰り広げる。毎日ひとつずつレースがあるから、いちばんにゴールする者もその日によって変わるし、距離が長かったり短かかったり、アップダウンがゆるやかだったり激しかったりとさまざまなコースがあるから、たくさんのヒーローが日ごとに誕生する。日程の終盤ともなると、手に汗握りながら毎日の結果を見ることになる。

 そういうわけで、受験生の夏休みには勉強もそこそこに毎夜・レースを観ていたというわけだ。幸いなことにそれでもなんとか大学に行くことができたので、入学と同時にクロスバイクを手に入れたし、第二外国語にフランス語を選んだ(すぐにフランス語は失敗だったと気づいたがもう遅かった)。同時にひとり暮らしを始めたため、それ以降CSでしか放送のないツール・ド・フランスの中継は観られなくなってしまった。