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ロマンチストでなければ生きている意味がない

「ロマンチストでなければ生きている意味がない」

 ふと頭の中にこんなフレーズが浮かんできたことがあった。突然思い浮かんだわりにはなかなか気に入ったので、ときどき思い出してぼそっとつぶやくこともある。ロマンチックというのはいい言葉だと思う。理由はふたつある。ひとつめは、ロマンチックとは行為とは関係なく心のありようを指すからだ。週末に何もする気が起きずに1日中ベッドの中で空想の世界に浸ったとしたら、たぶん日が暮れてからそれを後悔するだろう。でも、あれが欲しいだとか、誰と結婚したい、将来はどこに住みたいとか、そういう空想に時間を費やすことは退屈な日々を無事に過ごすためには必要なことで、その時間を「ロマンチックに生きる」ための時間だと納得してしまえば、なんだか悪くないような気がしてくる。しかもさらによいことに、その空想の中身を他人に理解してもらう必要などは全くないのだ。もうひとつは、ロマンチックというのはいつだってどこかへ向かうための途上にあるからだ。ロマンチックが現実のものになることは決してない。何かを手に入れれば別のものが欲しくなるし、自分のスキルがアップすればさらに先を目指すようになる。それはべつに欲張りになるわけではなくて、ただいつでも道の途中にいるというだけのことだ。だからひたすら追い求めてもいいし、疲れてしまって途中で立ち止まったってなんということはない。ずっと道の途中なのだから。

 こんな風に、私はロマンチックという言葉をずいぶんと自分に都合のいいように解釈している。つまるところ、私にとってのロマンチックとは、理解されない思考や情けない行動を曖昧なまま肯定するためのよすがのようなものなのだ。実際のところ、ロマンチックよりももっとよい言葉が代わりにあるのかもしれないが、今のところは思いついていない。ただひとつ言えることは、曖昧な肯定は私が無味乾燥な日々を継続することに間違いなく役に立っているし、それができなくなったとしたら、私は生きることを楽しめなくなる。