自転車に乗って

 午前中を二日酔いで葬り去ったあと、昼過ぎに自転車屋へと向かった。そこはいつ行っても必ずサチモスが流れている自転車屋で、前週注文していた少しいいクロスバイクを代金と引き換えに受け取った。午後は特に用事もなかったので、せっかくだからと自転車にまたがって走ってみることにした。

 クロスバイクに乗るのは久々だった。学生時代の前半あたりにも乗っていたことがあったが、壊れたり盗まれたりしてしまったのでだいたい4年ぶりだろうか。クロスバイクの速度は流す程度ならだいたい15~20km/hで、この速度で走る乗り物というのはあまりないから、周りの景色の流れ方が新鮮に映る。とはいえ市街地では段差も信号も多くあまりスピードが出せないから、少し離れたところにあるサイクリングロードに行ってみることにした。サイクリングロードは昔は国鉄の路線があったところを舗装したもので、走っているとところどころに駅の跡が残されている。道の両脇には桜が植わっていて、この季節には新緑が眩しい。

 しばらく走っていると、目の前を黒い鳥が横切った。カラスによく似ているが街中のハシブトガラスと比べればだいぶ小さい。それにお腹のところが白くなっている。カササギという鳥だった。このあたりではカササギはカチガラスと呼ばれ、県の鳥にもなっている。見上げると桜の木に巣があって、親鳥が木枝などを集めているところらしかった。もっとじっくりと見たかったので巣の下で10分ばかり帰りを待ってみたが現れない。私がいることで警戒させてしまったのかもしれない。

 サイクリングロードは県境の川で終わった。国鉄の路線はもっと先まで伸びていて、川には赤くてごつい鉄橋が架かっている。この橋は昇開橋という可動橋で、船が通るときには橋の中心部分がクレーンで吊り上げられるようになっている。このあたりは水路が多く、かつては舟運が主な交通手段だったために、このような構造の橋が架けられたそうだ。戦後はノリの養殖が非常に盛んな地域となり、今でも漁師たちの船、といってもノリ漁の小さな船が通るのに橋を上げる必要はないのだが、が盛んに行き来している。鉄橋の下は遊歩道になっていて、私が通ったすぐあとで橋が上がり、その様子を間近に眺めていた。

 県境を超えてさらに先に進んでもよかったが、通ってきたサイクリングロードではない道を通ってこの日は帰ることにした。この近辺は海が近くて土地が低く、高い建物もカントリーエレベーターくらいしかない不思議な地帯だ。どこまでも広がる田んぼには麦が作付されていて、収穫を数週間後に控えており黄金色になりはじめていた。麦秋という季語があることは知っていたが、それがどのような光景なのかはここに引っ越してくる前にはよくわからなかった。麦の収穫はちょうど今週から始まるから、今の時期がまさに麦秋、田が秋のようにキラキラ輝く季節だ。